6 レストラン「サム」
ウインドベルの市街地の外れにある静かな丘は、富裕層によって別荘が建てられた場所だった。
市街地では、普通の家々が等間隔に建ち並び、住民たちは平穏な休日を過ごしていた。
一方で、別荘地の住人たちは街中で高級車を誇示し、贅沢な買い物を楽しんでいた。
しかし、ウインドベルの庶民たちは、富裕層の派手な振る舞いには無関心だった。
バーに高級ブランドの服を着て現れる彼らにも、特別な扱いはしなかった。
富裕層が下品な言葉を使っても、住民たちは怒りを見せることはなかった。
富裕層は、なぜか一般の住民たちと距離を置こうとした。
彼らは自分たちに対する敬意を期待していたようだが、ウインドベルの人々はそんな態度を取らなかった。
やがて、富裕層もバーに顔を出すようになり、住民たちをからかいだした。
それは住民たちにとって大した問題ではなかった。
富裕層が文化や経済、教養の違いを話題にしても、住民たちは動じることはなく、その話には興味を示さなかった。
そんなある日、ウインドベルの男性たちは彼らをバーカウンターに招いた。
「おい、座れよ。俺たちの面白い話を聞かないか」
「バーはリラックスして酒を楽しむ場所だ。堅苦しい話は他でやろうぜ」
最初は敵意すら示していたリッチマンたちは、次第に朗らかになり、やがて破顔して大笑いするようになった。
このような交流を通じて、徐々に富裕層もウインドベルのコミュニティに溶け込んでいった。
そして、ウインドベルはまた一つの静かな夜明けを迎えた。
別荘地の丘を下りたところには、にぎやかな場所があった。
その中の「サム」という小さなレストランは、ケンジのお気に入りだった。
ケンジは去年の秋、大学の祭りで知り合った女の子と、初めてこの店に来た。
友達と一緒にダンスをして、お互いの気持ちを確かめた後、ケンジは彼女と二人きりになりたくて、この店に来たのだ。
二人はテーブルを挟んで、趣味や夢、怒りについて話した。
若い恋人たちは、自分のことばかり話しがちだ。
最初の頃の甘い雰囲気は徐々に薄らいでいき、気が付けば沈黙していることが多くなった。
二人は共通の話題を見つけようと努力した。
何度かデートを重ねたけれど、彼女はだんだんとケンジに迷惑そうな顔をするようになった。
やがて、別荘地の人たちの休日が終わると、彼女とは会えなくなった。
そして、ケンジは一人だけでこの店に来るようになった。
祭りも終わり、彼女の休日も終わった。
彼女はそれで終わりにしたかったようだ。
大学の祭りが終われば、もうケンジとは会わないつもりらしかった。
「彼女はどうしたんだ?」とマスターが尋ねた。
ケンジは「どうやら、うまくいかなかったみたいだ」と答えた。
「ケンカしたのか?他の男に取られたとか、さ」とマスターが聞いたが、ケンジは「違う」と答えた。
「彼女は別荘地の人間だったんだ」と言った。
「それがどうした?」とマスターが言った。
「まともに相手する気にはなれなかったんだろう」とケンジは言った。
「女の子がお前を相手にしなくなったのか?」とマスターは聞いた。
ケンジは黙って頷いた。
「それは考えすぎだ」とマスターは言い、カウンターに戻って、ケンジのためにオレンジジュースを作った。
「でも、もう会わない方がいいって言っていたよ」
「会いたくないとは言ってなかっただろう」とマスターは言った。
「どっちでも同じだよ」とケンジは言った。
「お前はフラれてはいない。でも自然に消える恋もあるんだ」とマスターは言った。
「わかっている。忘れるよ」とケンジは言った。
「向こうが金持ちだから、遠慮がちだったんじゃないのか」とマスターは言った。
ケンジは苦笑しながら頷いた。
「リンダも別荘地の娘だったんだ」とマスターは言った。
「奥さんかい?」とケンジが聞いた。
「うん」とマスターは頷いた。「俺の稼ぎが少なくて、出ていってしまったんだ」
「別れたのかい?」とケンジが聞いた。
「いや、まだだ。戻ってくるのを待っているんだ」とマスターは言った。
「戻ってくると思うかい?」とケンジが聞いた。
「分からない。でもそれはリンダの自由だ」とマスターは言った。
サムは呆れるくらい寛大な人だった。
「音楽は何がいい?」とサムがケンジに聞いた。
「HipPop以外なら、何でもいいよ」と雑誌を手に取りながらケンジは言った。
「オリビア・ニュートン・ジョンの曲ならあるよ」とサムは言った。
「オリビアって、誰?」
「知らんのか?」
「全然」
しばらくして、ラブソングが聞こえてきた。
ケンジは本から目を離し、ジュースを見つめた。
せつない歌のようにも聴こえる。優しい歌のようにも聴こえる。
ウインドベルの男は、総じて恋には奥手…。
ケンジも、レストランの店主も、ウインドベルで育った男たちは大体そうだ。
つづく
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